kogumaの育児ダイアリー

徳島市在住のライター。アラフォーで思いがけず妊娠しました。我が家の「かぞくのはじまり」を記録します。

「なずな」堀江敏幸著(生後75日)

堀江敏幸さんの小説「なずな」を2週間かけて読み終えた。

普段なら400ページ超の文庫本なら2日で読み終えてしまうくらい早読みなのに、赤ちゃんのお世話をしていると細切れ時間に少しずつ読んでいくのでこんなにもペースが違ってくるのかと自分でも驚いた。最後のほうは赤ちゃんを腕に抱きながら一気に読み終えたので、余韻に浸る間もなく、手首の痛みに苦しんだくらい(笑)

 

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40代半ば独身で新聞記者をしている主人公(男性)はひょんなことから生後2ヶ月の姪っ子なずなを一時的に引き取り育てている。たわいもない赤ちゃんとの生活から放射線状に広がる温かな人間関係を静かに描く作品。

とにかく生後二ヶ月の赤ちゃんの様子がとてもやわらかくリアルに描けていて、まるでなずなの繊細な息遣いが感じられるような優しいタッチの文章。文字を追いながら、ついつい我が子になんども目をやってしまった。

 

主人公は地方の小さな新聞社で記者をしている。なずながやってきてからは在宅勤務に切り替えて仕事を続けている。なずなを胸に抱いて街に出かけると、彼を取り巻く人々は、なずなを通してまるで違った表情を見せるようになる。主人公はなずなとの生活を通じて、街のなかに潜む小さな出来事から人々の息遣いを拾い上げていくようになる。「記者が取材する」という上段に構えたやり方ではなく、ごく自然に。

 

kogumaもその昔、記者をしていたことがあった。駆け出しのまま終わってしまったけれど、そのころは「一億総活躍社会」的な、ルポライターの佐野眞一さんいわくの「大文字」記事が書きたかった。簡単に言うと、漢字が多い難しそうなかっこいい記事。地元の子供がお神輿を担ぐ行事の話題やスポーツ少年団の取材などは当時のkogumaにとってはつまらないと感じるものだった。

でもある時から、「誰もが気づいていて表現したいけれど言葉にならない」そんなささやかだけれどちゃんとした意味がある記事を書きたいと思うようになった。そして、それは私たちの日常の暮らしに息づいているもので、書くことがとても難しいことなんだと知った。

 

主人公がお世話になっている近所の小児科医のジンゴロ先生は、ある時、主人公の記事をこう評する。「あんたの書くものは、この狭い地域を乳母車押してうろうろしだしてからのほうがいい」。

 

kogumaもこどもを産んでから、それまで仕事でおつきあいしてきた知人がまったく違う表情を見せながら、ご自身のプライベートや子育ての葛藤、心境などを語ってくれる姿に驚くことがなんどもあった。何事にも機械的で苦手だった人がやわらかな表情で「赤ちゃん、大きくなってきた?」と聞いてくれたり、お世話になった人が涙ながらに喜んでくれたり。

私が知っていると思っていたのは、その人のほんの一部分の表情であって、子供ができてから多くの人が幾重にもなる別の一面を見せてくれるようになった。というか、その面に私自身が気付くようになった。大文字の漢字や熟語で小難しげに語ろうとしていた若かかりし頃の自分が薄っぺらで情けなく恥ずかしい。

 

赤ちゃんが見せてくれる世界は、親の世界をこんなにも広げてくれるのかと、いまは小さく感動している。